こうして僕は、平成最後のLTをした

自分は平成最後の日に平成最後のLTをした。

はっきり言って、楽しかった。

ギリギリまで無我夢中になって発表の準備をしたこともあって、準備不足にしては満足の行く発表が出来た。

よくやったと自分を褒めたいがために、昨日はLT終了後にアベンジャーズ/エンドゲームを観てきたため、記事を書く余裕がなかったことを、ここで弁解させていただく。

LTというと、自分がLTを知ったのが大学1年生の頃だったと思う。

自分は、技術系のイベントに参加してLTという文化を知った。

その上で、LTの発表に何回かチャレンジする経験があったものの、いまいちプレゼンをどうやればいいのか分かっておらず、失敗の連続であった。

そんなある日、「フォントサイズは16pp以上にすること」という話を聞いて、自分は今までにとんでもないフォントサイズでスライドを作っていたなと反省した。

また、卒業研究発表前の準備で、お世話になった教授から、「時間がないなら省くんだ、これら4つという表現を使ったりして、とにかく省けばいい、割愛すればいい」という話を聞いて実践してみると、昔よりは悪くないLTが出来るようになった。

そして、平成最後のLT。

以前から課題にあった早口で喋ってしまうことは直せなかったものの、10分という長い時間ではっきりと喋ることが出来たように感じた。

明らかに準備不足な点が多かったが、それでも自分は諦めずにチャレンジして、準備不足にしては満足の行く結果を残せたのだ。

まあまあ満足して、平成は終わってしまった。

自分は、平成だろうが令和だろうが、社会の雰囲気は変わっても、根本的な社会の仕組みはすぐに変わらないだろうと見ている。

だから、自分は平成だろうが令和だろうが、やりたいことをやるのが大切だと考えている。

LTは、まさに自分がやりたいからこそ、割に合わなくてもやったことであり、やりたければ遠慮せずにやればいい。

もしかすると、1秒後に死ぬかもしれない。

でも、1秒後に死なない可能性は1秒後に死ぬ可能性よりも高い。

人類にとって生きているというのは希望的なことであり、生きている以上は自分がやりたいと思ったことを貫き通してやればいい。

ちなみに、遠慮なんて文化を作った社会に問題があると自分は考えていて、遠慮という文化を滅ぼしたい。

みんなガンガンLTをすればいい。

以上、「こうして僕は、平成最後のLTをした」でした。